にしログ

大西健太の雑記ブログ。

<雑記>今、まさに自分が求めていた本「読書について」の書評みたいなもの。

今、20時26分。

 

今日は、自分の頭で考える方法を探すために、古典を読んでいました。

 

めちゃめちゃ良い本を見つけました。

 

読書について」というショウペンハウエルが書いた本です。

 

ボクは、今まで熱心に勉強をした経験、本を読んだ経験がほとんどありませんでした。

 

しかし、大学1年生の時にやりたいことを見つけてからは自分の知識のなさを痛感し、少しずつ本を読むようになっていました。

 

そして、大学3、4年生になってからは研究をしたいと思うようになり、ますます本や論文を読むようになっていました。

 

そうした中で、ボクは妙な感覚に襲われていました。

 

「やりたいこと」というのは自分の頭で考えた、というか自分の中から湧き出てきたものを言語化したものです。

 

それを達成するために、様々な本や論文を読むということは、自然な流れだと思います。

 

ですが、本や論文を読んでいくうちに、知らず知らずの内に自分の中にある声が段々と小さくなっていってしまっていたのです。

 

今は、こうして客観的にその自分の状況をメタ認知することができていますが、「読書について」を読む前はその状況を把握することができていませんでした。

 

本書では、「思索すること」と「読書」の違いについて非常に分かりやすい表現で表しています。

 

”書物から読み取った他人の思想は、他人の食べ残し、他人の脱ぎ捨てた古着にすぎない。我々自身の精神の中にもえいでる思想はいわば花盛りの花であり、それに比べれば他人の本から読み取った思想は石にその痕をとどめる太古の花のようなものである。(引用元:読書について(P8))”

 

”他人から学んだだけにすぎない真理は、我々に付着しているだけで、義手義足、入歯や蝋の鼻か、あるいはせいぜい他の肉を利用して整形鼻術がつくった鼻のようなものにすぎないが、自分で考えた結果獲得した真理は生きた手足のようなもので、それだけが真に我々のものなのである。(引用元:読書について(P10-11))”

 

ボクが最近やっていたのは読書だったので、他人の思想を読み取っているだけでした。

 

もちろん、それも非常に重要なことです。

 

しかし、それと同じくらい、いやそれ以上に、思索すること、自分の頭で考えることは重要なことです。

 

そのことに、本書は気づかせてくれました。

 

まだ最初の方しか読んでいないので、これから最後まで読んでいこうと思います。

 

本当に、今自分が求めていたものに出会うことができてうれしいです。

 

古典て良いなあ。

 

 

 引用文献

読書について 他二篇 (岩波文庫)