にしログ

大西健太の雑記ブログ。

壮大な問いを見つけました。

自分の頭で考えることは、意外に難しいかもしれない。

 

人間は社会的な生き物だからね。

 

社会が○○だ!○○に決まっている!っていう感じで動いていると、本当は××じゃない?って思っていても、○○、、、なのかな?って思って、○○だと思って行動してしまう。

 

この現象は、社会心理学で研究されていて確か何かの名前がついていたのだけれど、忘れてしまった。

 

あかん、もっと勉強しないとな。

 

そして、この現象はもちろん自分に当てはめて考えることができる。

 

本当に自分の頭で考え、行動することができているのか?と。

 

この現象を説明したり、客観的に見つめたりすることによって自分の頭で考えることができていると思いがちな自分だけれど、本当にそうなのかは疑問である。

 

いや、疑問ではない。

 

自分の頭で考えることはできていないのだと思う。

 

大学で単位を取ることを目的として生きていると、思考と行動を自動化しなければならない。

 

約2年ほどその感覚で生活していたのだから、そんな簡単に抜け出すことはできないと思う。

 

しかし、このブログを再開したことは、自分の頭で考えることにとって良いことだと思う。

 

改めて、自分の頭で考えるとは何かを考えてみよう。

 

自分の頭で考えるとは、自分の頭で考えて導き出した問いに対して、自分の頭で考えた解決策を実行することではないだろうか。

 

要するに、自分の頭で考えるとは単に考えるだけではなく、行動を伴うものなのだと思う。

 

その点では、やはり自分はまだまだ自分の頭で考えることができているとは言えない。

 

一度リセットするべきなのだろうか、、、

 

自分が19歳の時に立てた問いに対する解決策は日に日に変化をしている。

 

それはそれで良いと思う。

 

それとともに、問いに対する解像度も高くなっていると思う。

 

それも良いと思う。

 

では、何が足りないのか、、、

 

分からない。

 

自分は、自分のことを知っている気でいた。

 

しかし、本当はまだ知らない面があるのかもしれない。

 

たぶん、そうなのだろう。

 

知りたい。

 

自分のことを知りたい。

 

そして、自分の頭で考えることができるようになりたい。

 

そのために、何をすれば良いのだろうか。

 

自分の頭で考えている人ってどんな人だろう?

 

真っ先に浮かんだのは、ソクラテスだ。

 

古典か、、、

 

古典を読もうか、、、

 

少なくとも、身近に自分の頭で考えている人はいなさそうだ。

 

昔の偉人達と対話をしよう。

 

デカルトもスピノザも、きっとそうっぽいな。

 

これは壮大な問いな気がするな。

 

自分の中にやりたいことを見つけ出すことよりも、もっともっと壮大だ。

 

考えよう。

 

自分の頭で考えよう。