にしログ

大西健太の雑記ブログ。

<ひとりごと>目的の違いによる孤独感

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目的が違うから、進む道も違う。

 

ボクにとっては当たり前のことだけれど、多くの人にとっては当たり前のことではないらしい。

 

多くの人は大学を卒業したら就職をするけれど、ボクは就職をしない。

 

ボクは、他の多くの人達とは生きる目的が違うから、他の多くの人達と同じ道は歩まない。

 

ボクが歩く道は、舗装されていない。

 

本来、誰の道も舗装されていないのだけれど、いかにも舗装されているかのようにみえる道がこの社会の至る所にあって、多くの人はその道を選択する。

 

正直、さびしい気持ちもある。

 

仲間が限りなく少ないからだ。

 

価値観を共有できる仲間は限りなく少ない。

 

だからこそ、その時間が尊いものになるのだけれど。

 

なぜこんなにも孤独なのだろうか。

 

なぜこんなにもクソな世界なのだろうか。

 

もっと先の、尊い生命で溢れている尊い世界に生まれることができたら、こんな孤独な感情を抱くことなく生きることができたのだろうか。

 

この道で良いのか?と思うことはあるが、目的は変わらないから、たとえ道を間違えたとしても修正すれば良いだけだ。

 

この論理でいくと、目的を変えれば良いのではないか?とも思うが、この目的は自分が生まれながらに持っている宿命というか、運命というか、自分でもよく理解できないもので強く結びついているらしいので、今のところ切り離すことはできそうにない。

 

この目的を明確に認識したときはとてつもない幸福感に包まれたが、今ではこのように、孤独を感じさせるものにもなっている。

 

だけど、誰にでも下積み時代はあるらしい。

 

今、輝いて生き生きとしている人達にも、きっと孤独感に襲われる日々があったのだと思う。

 

いや、今輝いている人達にも、孤独感は襲いかかっているのかもしれない。

 

よく思うのだけれど、このように孤独感を認識したり、解のないことをつらつらと書き連ねている今のような時間が生じている理由は、ひまだからだと思う。

 

やりたいことをただひたすらにやっていたら、恐らくこのような時間は生じない。

 

やりたいことを考えられなかったり、創造的な発想が出てこないのは、ひとえに睡眠不足が原因だ。

 

ボクは結論にたどり着くのが結構早い方だ。

 

勝手に頭の中で考えて、結論を出して、行動して、納得して、終わる。

 

ゼミの教授にもよく、ボクはすぐに抽象化する傾向があると言われる。

 

非常によくボクの特性を理解していて、的を射た発言だと思う。

 

ボクはこの世界に興味があり、この世界に存在している自分に興味があり、この世界に存在しているあらゆる事物に興味がある。

 

もっとこの世界のことが知りたい。

 

色々迷うこともあるけれど、たぶん寝ていれば大丈夫だろう。

 

久しぶりに自分が思っていることを書き出すのは面白い。

 

110日くらいぶりに書いたからね。

 

約4か月か。

 

約4か月前よりは格段に成長している実感はあるし、その時より視座は確実に高くなっている。

 

かなり遠いけれど、目的にも着実に近づいている。

 

さて、スピノザでも読もうか。