にしログ

大西健太の雑記ブログ。

<自己理解>伝えたいことがなければ、文章を書いてはいけないの?

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(桜と電柱の写真。けっこう散ってますね。)

 

今日も書く内容は決まっていません。

 

でも、書くということは決まっているので、書きます。

 

Twitterで、「伝えたいことがなければ、文章を書いてはいけない」みたいなツイートが流れてきたのですが、ボクは全然そう思いません。

 

伝えたいことがなくても、何か書きたいなら書けば良いし、書きたくないなら書かなければ良いと思います。

 

もちろん、伝えたいことがあった方が、読む人にとっては分かりやすいと思います。

 

でも、常に誰かのことを意識しながら、何か行動をしなければならない訳ではないですよね。

 

ボクが今、あくびをするのは自由だし、筋トレをするのも自由です。

 

それと同じように、文章を書くことも自由なはずです。

 

自由に文章を書いた結果、それを読んだ人が読みずらいなとか、何が言いたいのかわからないなと思ったら、その人はこれからその人の文章を読まなければ良いだけです。

 

実際、伝えたいことがない文章を書いたところで、誰も読みませんよ。

 

この文章だって、きっと誰にも読まれないでしょう。

 

日記に自由に書くのと、こうしてブログに自由に書くのは訳が違うって?

 

はぁ?

 

誰がそんなこと決めたんでしょうか。

 

伝えたいことがなくても、自分が今考えていることを書き出すことは、とても気持ち良いことです。

 

だから、ボクは書きたいと思って、今書いているんだと思います。

 

日記に書く場合は、手書きですよね。

 

ブログの場合は、パソコンでカタカタ書きます。

 

単純に、パソコンで書いた方が楽です。

 

漢字とかもすぐ変換できますしね。

 

じゃあ、ワードに書けば良いじゃないかって?

 

ほお?

 

ワードとブログの両方で書いてみればわかりますよ。

 

ワードだとね、達成感が全然ないんですよ。

 

あと、自分の歴史が溜まっていく感覚も全然ない。

 

だからボクはブログに書いているんです。

 

手軽で、達成感があって、自分の歴史が溜まっていく感覚がある。

 

こんな素晴らしいものはないでしょう。

 

まあでも、ほとんどの人はやらないんでしょうけどね。

 

別にやってほしいとも思わないですけど。

 

ボクがやりたいから、やる。

 

それで良い。

 

2019年の日本社会は、まだまだ同調圧力がすごい。

 

みんなに合わせないと!っていう空気がすごいある。

 

気持ち悪いから、海外に飛び出したい、環境を変えたいと思うこともある。

 

でも、そのためにもまずは目の前にあることをやって、力をつけようと思う。

 

人生は、ボーっと生きるには長すぎる。

 

だけど、やりたいことを全部やるには短すぎる。