にしログ

<大学生が政治、ビジネス、メディアを語るブログ>

未来を予測せずに「とりあえずやってみる」ことが大事。

この世界から「やるべきこと」をなくしたい。

 

ボクには今、「やるべきこと」がある。

 

バイトから出された課題と、参加している団体から出された課題だ。

 

これらは、どちらも他人から依頼されたものだ。

 

どちらも、能動的に「やりたい!」と思って取り組んでいない。

 

自分にとっては「やるべきこと」だ。

 

「やるべきこと」と「やりたいこと」は違う。

 

「やりたいこと」は他人に依頼されなくても勝手にやるものだ。

 

一方で、「やるべきこと」は他人に依頼されなければやらないものだ。

 

能動的か受動的かという違いがあると思う。

 

ボクが能動的に取り組もうとするものには共通点がある。

 

それは、それをすることによって自分に何らかのメリットがあるのではないかと感じるという点だ。

 

何らかのメリットと抽象的に述べたが、具体的にするとこんな感じだ。

 

自分が好きな人が喜びそうか?自分が楽しいと感じそうか?自分に能力がつきそうか?自分に実績がつきそうか?面白い人に会えそうか?今までにない体験ができそうか?

 

などだ。

 

これらのメリットを感じ、それに対するコストがメリットを下回っていそうであった場合、ボクはそれに対して能動的に取り組もうとする。

 

しかし、この考えは間違っているのではないかと思った。

 

自分でこうやって書き出してみて、今思った。

 

なぜなら、それを取り組むことによって起こりうる先の未来は誰にもわからないからだ。

 

自分にとってメリットはないなと思いながらも嫌々取り組んでいたことが、意外なことに発展して大きなメリットを生み出すことは大いに考えられる。

 

さっきの考え方では、自分の頭の中で未来に起こると考えられる出来事を予測して現在の行動を決めている。

 

この考え方でいくと、自分の頭の中が相当よくできたものでなければならない。

 

果たして、自分の頭はそんなに優秀なものなのだろうか?

 

答えはNOだ。(あ、「脳」だ。笑)

 

人は、自分が存在する世界がどういう仕組みで動いているのかすら知らない。

 

しかも、人は自分が何者で、自分がどういう仕組みで動いているのかさえ分かっていない。

 

だから、未来が予測できるほど人の頭が優秀な訳がないと思う。

 

今までの経験から大体予測できるでしょ!って思う人もいるかもしれないが、それは間違っている。

 

その理由はさっきも述べたが、未来は何が起きるか本当に誰にもわからないからだ。

 

孫正義だって、ホリエモンだって、イーロンマスクだって、ザッカーバーグだって、未来に何が起きるか知らない。

 

明日、大切な人が通り魔に遭って死んでしまうかもしれないし、自分が交通事故に巻き込まれて死ぬかもしれない。

 

それは誰にもわからない。

 

それにも関わらず、人は自分にとってメリットがあるかないかを自分の頭の中で判断して行動を決めている。

 

実にアホらしい。

 

アホらしいと感じた自分がアホだと改めて思った。

 

こう考えると、たしかに「やるべきこと」と「やりたいこと」は存在するが、未来に何が起こるかわからないのだから、他人から依頼されたことであっても自分の頭の中で決めつけずに与えられたものはとりあえずやってみたほうが良いなと思える。

 

1000字を超えたから、ここら辺で終わりにしようと思う。

 

自分の前にあるものは、自分の頭の中で未来を予測したりメリットを考えたりせずに、とりあえず全部やってみよう。

 

「期限付きのやるべきこと」が全部終わったら「やりたいこと」を思う存分やろう。

 

その方が「やりたいこと」に100%集中できるしね。

 

では。