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怒りは確信から生まれる

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みなさん今まで生きてきて、怒られたこと、怒ったことありますよね。

 

 

ボクは何回も怒られたことがあります。

 

 

でも、ボクが今まで怒ったことは数えるほどしかありません。

 

 

ボクはいつも、怒って愚痴をだらだら言っている人を見て「なんでそんなに怒っているのだろう?」と思っていました。

 

 

その怒りはどこからやってくるのだろうか?

 

 

ボクは「そんなに気になるなら怒らずに注意すれば良いだけじゃないか」と思っていました。

 

 

ボクは小さい頃に、主にお母さんに怒られることが多かったです。

 

 

では、なぜお母さんは怒るのか?

 

 

親が小さい子供を怒るということは、我が子が社会や生活のルールを破ったり、親が求めることと違うことを我が子がしてしまったときに、親が「それはちがう・いけないことだ」と判断して怒ります。

 

 

親は「我が子よりもこの世界のことをよく知っていると確信している」から「それはちがう・いけないことだ」と怒ることができます。

 

 

親は、小さな子供よりも上の立場にいると確信しています。

 

 

これは、その通りです。

 

 

親の方が、小さい子供より知識も経験も豊富です。

 

 

親が小さい子供に対して自分の方が物事を良く理解していると「確信」を持つことは当然です。

 

 

今は「親子」を例にして考えました。

 

 

では、友人や職場ではどうでしょうか?

 

 

友人や職場で関わる人達は、親のように生まれた時からずっと自分のことを知っていて、関わってきた人ではありません。

 

 

友人や職場の人達がどういう風に生きてきたかは分からないし、どんな人間、性格なのかは分からない。

 

 

同じように、友人や職場で関わる人達はボクのことを、ボクの親のように生まれてからどういう風に生きてきて、ボクがどういう性格なのかを知ってはいません。

 

 

それなのにも関わらず、自分以外の誰かが引き起こしたある一つの出来事に対して「怒り」の感情を抱くことができる理由がボクには分かりません。

 

 

「怒り」にも色々な種類があるし、程度もあります。

 

 

たとえば、ボクにとって大切な人が、飲酒運転をしていた男の車に引かれて死んでしまったら、ボクは飲酒運転をしていた男に対して相当な「怒り」を覚えます。

 

 

今回はこのような「怒り」について言っているのではありません。

 

 

より身近にある「怒り」です。

 

 

たとえば、満員電車で肩がぶつかっただけで怒鳴ったり、講義中にスマホを使っている生徒に対して教授がぶち切れたりなど。

 

 

ボクは、満員電車で肩がぶつかったら「満員電車だからまあしょうがない。わざとぶつかってくるやつなんていないだろう。」と思います。

 

 

もし仮にボクが教授だったとして、講義中に生徒がスマホをいじっているのを見つけたら「その生徒にとっては自分の講義内容よりもスマホをいじる方が楽しいんだな。もっと講義を面白くしなきゃな。」もしくは「ボクの講義に興味ないのか。まあ全員に興味持ってもらえる訳じゃないし、中にはそういう人もいるよな。」と思います。

 

 

じゃあ、なんでそんなことで怒鳴ったりぶち切れたりすることができる人がいるのだろうか?

 

 

そこでボクは考えました。

 

 

怒鳴ったりぶち切れたりする人は、「怒鳴る相手やぶち切れる相手よりも上の立場にいると確信しているからではないか」と。

 

 

満員電車で肩がぶつかって怒鳴る人や、講義中にスマホを使っている生徒に対してぶち切れる教授などは「怒りの対象の人物より自分の方が上だ」と確信しているのではないでしょうか。

 

 

むしろ、それ以外には考えられない。

 

 

だって、注意すれば良いだけじゃん。

 

 

もしくは、気にしなきゃ良いだけじゃん。

 

 

もし注意だけで直らなかったら、そいつとは自分からは関わらないようにして放っておけば良いとボクは思う。

 

 

「私は君のことを心配して怒ってあげているのだよ」だって?

 

 

いや、怒りの対象の人物は小学生ですか?中学生ですか?高校生ですか?

 

 

大学生、または社会人になってそんなくだらないことで怒られたところで、その人の根幹の性格や根本的な考え方は決して変わらない。

 

 

しかも、そんなくだらないことで怒られたとしても何の得にもならない。

 

 

余計なお世話だ。

 

 

でも、怒鳴ったりぶち切れたり「怒る」人達は、自分の方が怒りの対象の人物よりも上の立場にいると確信しているから怒ることができる。

 

 

ボクはこれからも怒ることはないし、このようなことが分かった今、くだらないことで怒っている人達は可哀想だと思います。

 

 

だから、より怒りたくないと思うようになりました。

 

 

怒られることはたくさんあると思いますが。。。

 

 

 

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